根管治療について 膿が貯まって痛い その1
こんにちは! あおば歯科クリニックの院長昆敏明です。
根管治療
最初のテーマは根管治療(コンカンチリョウ)です。
根管治療(コンカンチリョウ)を理解してもらう前に、「神経を取る」という治療を理解しておく必要があります。虫歯が進行していくと冷たいものがしみたりします。そのままにしておくと冷たいものだけでなく、熱いコーヒーなどでも痛みがでてきます。こうなると歯髄炎(シズイエン)と言って神経にまで炎症が波及して、自然に治ることはありません。通常歯医者ではそのような場合に「神経を取る」治療を行います。ところがこの「神経を取る」治療が非常に難しいのです。「神経を取る」治療のことを抜髄(バツズイ)と言います。この抜髄が実は非常に難しいのです。
抜髄(バツズイ)
下の写真を見てください。この神経取れると思いますか。
本物の歯の神経の管を染めて、その走行を調べた写真です。複雑怪奇です。
この神経を全部きれいにとり切るのはできる事ではありません。
患者さんは神経を取るというと一本の糸をすーと引くと取れてくるようなイメージをお持ちのようです。私も歯科医になる前はそんなイメージを持っていました。ところが神経を取る処置はまるで難攻不落の敵に立ち向かうほどの忍耐力を必要とされることがあるくらい難しいのです。奥の大臼歯など場合によっては2時間ぐらいかかることもあります。
神経を取ったらそれで治療が終了ではありません。その後神経があった管の中にばい菌が侵入しないように薬を詰めないといけません。通常ガッタパーチャポイントと呼ばれる材料とシーラーという薬剤を併用して根管(コンカン)を封鎖します。ところがこの封鎖も難しい技術と診断力を必要とされるのです。
水色の部分がガッタパーチャポイントです。
下の写真がガッタパーチャポイントです。この薬とシーラーを根の中に入れていきます。
理想的には歯根(シコン)の先ピッタリが良いと言われています。しかし先ほど説明したように根管(コンカン)の形態は非常に複雑怪奇です。なので一概にピッタリが良いと限らないケースもあります。ここでは一応、根尖(コンセン)付近が良いということにしておきましょう。
上の図にあるように神経の管に入れる薬が根尖(コンセン)まで入っていなかったり、途中までしか入っていなかったり、薬がスカスカだったりするとその空間にばい菌が繁殖して感染を起こします。そうすると神経を取って痛くなくなったはずなのに、その後歯ぐきが腫れて痛くなることがあります。
右上の写真はどちらかの歯医者さんで神経を取ってもらった前歯のレントゲン写真です。レントゲン写真は固いものほど白く映ります。逆に空洞になっていると黒っぽく映ります。白く写っているのは前歯のかぶせものが金属なので白く映っています。その下の白く映っているのが根の中に入れた薬だと思われます。右の模式図で青く描かれている部分です。根の先を見ると小豆ぐらいの大きさの黒い影が見えます。薬がきちんと入っていなかったために根の中でばい菌が繫殖し感染を起こすとこのような黒い影がレントゲンで確認されるようになります。こうなると腫れて痛みが出てくるのです。
右の写真はそれを治した後のレントゲン写真とその模式図です。白く映っている薬が根の先まできちんと入っているのが確認できます。そして根の先にあった黒い影が消えているのが分かります。根の先の炎症が治っています。
実はこのケース、最初の歯医者さんの神経を取る治療でこのような根っこの病気になってしまったのです。患者さんは別の歯医者さんで治してもらったのです。
実はこのように歯医者さんで神経を取ってもらった後に腫れたり痛みが出たりして、トラブルになるケースはかなりの数にのぼります。抜髄(バツズイ)した後に腫れて痛くなったりする病気を治す治療を感染根管治療(カンセンコンカンチリョウ)と呼びます。
根管治療とは抜髄と感染根管治療の両方を意味します。ですが私たち臨床現場では根管治療を単に根治(コンチ)と呼び、抜髄と区別しています。ですから根管治療と言ったらそれは感染根管治療の意味で使用していることが多いのです。おおざっぱに言えば抜髄とは根尖に感染が及んでいない状態の神経を除去する治療、感染根管治療とは根尖に感染が及んでしまった状態を治す治療と言えます。なので歯科医師が歯の根の中を治療しているのを患者さんが見学すると抜髄も感染根管治療も違いが分からないことが多いのです。ですが抜髄と感染根管治療は全く別の治療なのです。あえて言うなら抜髄を失敗したのを治療するのが感染根管治療なのです。このブログでは根管治療を感染根管治療の意味で使用していきます。
さて、神経を取った後、お薬が根の先まで入っていなかったり、スカスカだったりするとその空間に細菌が繫殖して根の先が化膿するということを説明してきました。
では薬が入りすぎたりした場合はどうなるのでしょうか。そういったケースをこれから実際に私が治療してきた患者さんで説明していきます。
根管治療ケース①
①2017年にあおば歯科クリニックにいらした男性 35才 Mさんのケースです。Mさんがお話してくださった内容は以下のようでした。数年前左下の奥歯が冷たいものがしみるようになり、それが痛くなってきたので、都内のT歯科に行き、神経を取ってもらった。神経を取ってもらって、痛みがなくなったのでその後その歯にジルコニア(保険の利かないセラミック)をかぶせた。ところが一年ぐらいしたらその歯の歯ぐきが腫れて痛くなってきた。そこで再びT歯科に行ったところ、抜かないとだめだと言われた。抜歯しかないという事ですね。
困ったMさんは別の歯医者に行き、診てもらったところ、歯ぐきから薬を入れることぐらいしかできない、治らない(治せない)と言われた。痛みがないのだったら、そのままにしておくか、抜いてしまうかのどちらかだと言われた。そこで色々調べてあおば歯科クリニックに来た。ざっとこんなお話でした。
Mさんのお口を拝見しました。左下の第一大臼歯の根元の歯ぐきの部分にニキビのようなおできができていました。フィステルです。最近はサイナストラクトと言ったりもします。
Mさんのレントゲン写真を撮りました。下の写真です。
左から2番目の第一大臼歯を見てください。根っこが2本あるのが分かります。近心根(キンシンコン)、遠心根(エンシンコン)の2本です。通常下顎の大臼歯は近心根(キンシンコン)左下の第一大臼歯の根っこに白い筋が見えますので、神経の処置がしてあるのがわかります。この白いのがガッタパーチャポイントだと思われます。「思われます」と書いたのには理由があります。過去に何度もガッタパーチャポイントでない物が入っていたのを経験しているからです。薬以外に何が入っているのかと思われるかもしれませんが、その話はまた後日したいと思います。いずれにしてもガッタパーチャポイントらしき物が入っているのがわかります。
近心根(キンシンコン)の先を見ると、そのガッタパーチャポイントが根の先から突き出ているように見えます。そして根の先に透過像(黒い影)があります。明らかに化膿しているのは近心根(キンシンコン)です。ガッタパーチャポイントが突き出ていてもそれが原因で必ず化膿するわけではありません。ですが突き出すような治療をする方はそもそもの技術、知識、そして歯科医療に対する姿勢が欠けていることが多いです。なので感染など気にせず治療をしているのではないかと考えてしまいます。
このレントゲン写真を見た瞬間、外科しかないと診断しました。通常根管治療(コンカンチリョウ)には保存治療と外科治療があります。歯医者で外科と聞くと患者さんはそんなことするのかと驚かれる方もいます。ですが私たちが大学で歯内療法(シナイリョウホウ)を学ぶ際には、外科治療と保存治療の二つを学びます。保存治療(ホゾンチリョウ)とは切ったり貼ったりせず、歯の根っこだけを治療する方法です。外科治療は根っこの中からではアプローチできない病変、病巣を根の外から取り除き治癒させる方法です。
今回化膿しているのは赤矢印の近心根(キンシンコン)の部分です。根の外側に突き出ているガッタパーチャポイントも汚染されて取り除かなければ根管内だけ清掃、除菌しても治癒しません。なのでレントゲン写真を見た時点で外科処置しないと治せないと診断しました。
歯科のレントゲン写真には大きく分けて二種類あります。一つが平面で読影しないといけない従来のレントゲン写真です。もう一つが立体で診断できるCBCTです。歯科用断層写真のことです。当然歯は3次元の物体ですから、本来は診断も3次元で行わなくては正確な診断が下せません。なのでこの後、CT撮影を行いました。その結果が下の写真です。
これがCT画像です。細かく見ていきましょう。下顎の6番の近心根は通常2根あります。デンタルやオルソでは重なって撮影されるので1根にしか見えません。ですがボリュームレンダリングで見てみてみましょう。
近心根が2本あるのが良く分かります。そして突き出ているガッタパーチャポイントは1本ではなく、なんと2本とも突き出ていたことが分かります。
右上の冠状断面のCT画像を拡大しましょう。
やはり突き出ているガッタパーチャポイントは2本だということが分かります。
上のCT画像の横断面を見ても明らかに2本のガッタパーチャポイントが突き出ていることが分かります。
その部分が黒く透過しているのも分かります。黒く透過している部分に膿(ウミ)が貯まっています。突き出ていたガッタパーチャポイントは1本ではなく2本だったのです。1本のガッタパーチャポイントを摘出し根尖を処理するのと2本のガッタパーチャポイントを摘出し2本の根尖を処理するのとでは外科的難易度が全く違います。通常下顎の外科的歯内療法は下顎骨の頬側(外側)からアプローチします。
下の写真は他の方の下顎6番のケースです。頬側(キョウソク、あごの外側のこと)からアプローチしているので外側の骨2cmぐらい開削(カイサク)しています。開削した先に球形の嚢胞壁(ノウホウヘキ)が見えています。
Mさんの場合も頬側(キョウソク)からアプローチしています。下のCT画像です。
まず1番の根から突き出ているガッタパーチャポイントを摘出します。
周りにある嚢胞(ノウホウ、膿の袋)もきれいに掻把(ソウハ)していきます。歯根の先に出来る膿が貯まった袋状の腫瘍を歯根のう胞(シコンノウホウ)と呼びます。次に奥の2番の根から突き出ているガッタパーチャポイントを摘出するのですが、一番の根があると二番の根が見えません。なので一番の根を根尖(コンセン)から3ミリほどカットし(これをいわゆる歯根端(シコンタン)といいます)、二番の根の先が良く見えるようにします。二番の根が良く見えるようになったら、二番の根から突き出ているガッタパーチャポイントを摘出し、嚢胞(ノウホウ)を徹底的に搔把(ソウハ)します。その後二番の根の先もカットします(いわゆる歯根端切除手術(シコンタンセツジョシュジュツ))。これは二番の裏にも回り込んでいる嚢胞(ノウホウ)を掻把(ソウハ)するためです。
術中の写真です。
メガミラーと呼ばれる直径4ミリほどの極小のミラーで、カットした歯根の切断面を確認しているところです。メガミラーとは歯根尖(シコンセン)をカットした際に、その断面をマイクロスコープで詳細に確認するための専用のミラーです。通常歯科で使用するミラーと大きさを比較してみましょう。
通常見かけるミラーよりもずいぶん小さいのが分かります。このメガミラーで根尖の断面を確認しているわけです。
随分と小さいのが理解できますね。これは肉眼ではもはや確認できませんから、メガミラーを使用してマイクロスコープ見るわけです。
マイクロスコープ
あおば歯科クリニックで使用しているマイクロスコープです。
マイクロスコープはもともと脳神経外科などで使用されていた顕微鏡を歯科用に転用したものです。
実はマイクロスコープと言ってもその性能にはピンからキリまであります。当たり前のことですが性能が良いほどつまりよく見えるほど高価になります。安いけどよく見えるというマイクロスコープは残念ながら今のところ存在していません。
ちょっと調べてみました。
ペントロン ブライトビジョン5000シリーズ 253万円から
タカラベルモント グローバルAシリーズ 270万円から
フレキシオン 141万円から
ヨシダ ネクストヴィジョン 272万円から
ツァイス エクスタロ 760万円から
ツァイスはカメラが好きな男性なら一度は手にしてみたい憧れのドイツ製の高級レンズメーカーです。とにかくレンズの性能が桁違いなのです。
ツァイスはほかの機種が二台から三台購入できてしまいますね。ここまで値段が違うのはなぜなのでしょうか? 車でもバッグでも時計でも安くて性能が良い、品質が良い製品はなかなかありません。それが医療機器のように大量生産出来ないものであればなおさらです。私がマイクロスコープを選択する際には、各社の製品を実際に使用して一番よく見えるツァイスを選択しました。実際その見え方は値段に比例していました。安いほどよく見えない、高いほどよく見える。当たりまえですよね。歯を助けるためにはここは妥協できないところでした。
ネクストヴィジョンという製品はヨシダが出している製品です。実は、この製品は本来はマイクロスコープではなくただの歯を映し出すテレビのようなものなのですが、なぜか厚生省がマイクロスコープと認定をしてしまいました。なので世間的にはマイクロスコープで通っていますが、実際はマイクロスコープではありません。ネクストヴィジョンを使用している先生も実際はルーペと言って、メガネに強倍率のレンズをつけたもので見ています。
マイクロスコープにもいろいろあり、今はホームページをみるとかなりの歯科医院がマイクロスコープを備えていると書いてあります。しかしそのマイクロスコープが本当に歯を助けるのに鮮明に見えるのかというと疑問が残る機種も多いということは覚えておきたいですね。
ちなみにあおば歯科クリニックではこのツァイスのマイクロスコープを5台設置しています。最新型のエクスタロが4台とツァイスのモーラーピコが1台設置されています。モーラーピコを歯科用にさらに使いやすく改良した製品がエクスタロなので、ピコでもほぼエクスタロ並みの性能を有しています。これらの5台のマイクロスコープを駆使してあおば歯科クリニックのドクターは日々歯を助けています。
治癒
下の写真を見てください。治療後のレントゲン写真です。
ガッタパーチャポイントが突き抜けていた近心根(キンシンコン)の根尖がカットされているのが分かります。根尖の周囲にあった黒い透過像も消失しています。白くなっているのが分かります。
矢印の部分です。
2本ガッタパーチャポイントが突き抜けていましたが、きれいに除去しました。さらに円形の部分を見てください。
白くなっています。白くなっているというのは膿がなくなって骨が再生したということです。
上の写真は術後3年後の状態です。Mさんに先日お会いした際も、何事もなくお食事できているということでした。「あおばさんに来ていなければ抜歯されていたと思う」と大変感謝されていました。私どもも助けられて本当に良かったです。これからもきちんとメンテナンスに通ってください。虫歯がひどくなると今回のように神経を取る処置 抜髄(バツズイ)をします。なので一番良いのは虫歯にしない事、もし虫歯にしてしまったら出来るだけ早期に治療することです。そうすれば神経を取らずに済みます。そのためにも定期的に通っていただいて、メンテナンスをしていきましょう。